最高裁判所第二小法廷 昭和41年(オ)661号 判決 1968年9月06日
上告人
中島政一
代理人
松本包寿
被上告人
岡田とく
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人松本包寿の上告理由について。
所論は、原判決には民法一条の適用を誤つた違法があると主張する。よつて按ずるに、原判決において原審が示した事実の認定は、すべて挙示の証拠関係に照らして肯認するに足りる。そして右原判示によれば、(一)上告人が本件確定判決を得た後、上告人から強制執行を委任された松本包寿弁護士は、直接訴外粟野らに対し建物収去土地明渡の強制執行に着手することなく、まず右収去されるべき本件建物に対し強制競売の申立をするという異例な執行方法を執つたのであるが、それは一つには上告人の無用な失費を避ける意図に基づくもので、他に首肯するに足りる理由があつたわけではなかつた、(二)しかし同弁護士は、収去されるべき運命にある本件建物については競落するものはないであろうから、上告人自ら極く低廉な価額で競落して適宜の方法で収去を図るべく予定していた、(三)収去されるべき建物としての本件建物の時価は、廃材としての価額である金四万円を超えないものであつたが、右申立による強制競売手続においては、最低競売価額が予想に反して金一四八万円という高額に定められたにもかかわらず、同弁護士は、競買の申出をするものはあるまいとの当初の予測を変えず、万一競落人が出た場合は、そのものに対する承継執行文を得て建物収去土地明渡の強制執行をするのも止むをえないとし、競売手続を公正に行なわせることに協力すべき債権者の責任を顧みず、右最低競売価額を右収去した場合の廃材の価額に訂正させるような措置は何も執らないで、漫然、競売手続をその進行に任せた、(四)被上告人は、本件建物収去土地明渡を命じた確定判決のあること、本件建物を収去した場合には廃材としての価値しかないであろうことを知つたが、土地所有者自身が地上建物を相当な価額で競売に付している以上、いわゆる名義書替料程度の金員を支払えば、結局敷地を賃借できるであろうとの見通しを持ち、右金一四八万円で競買の申出をし、競落許可決定を得た。ところで被上告人から敷地賃借の申出を受けた松本包寿弁護士としては、上記の経緯にかんがみるならば、賃貸条件について柔軟な強度を示して交渉に応ずるのが当然であり、もし建物収去の意思を翻さないならば、明確にその意思を伝えて被上告人に競落残代金の納付を断念させ、その被害を最小限度にとどまらせるよう配慮すべきであつたのに、坪当り金六万四〇〇〇円の権利金を支払えば賃貸を考慮してもよいと答え、被上告人に賃貸借契約の成立についての希望を抱かせる結果となつた、(五)被上告人は、繰り返えして右権利金の減額方を要求し、ま本件のような場合には当然に借地権を生ずるという独断的な見解を固める一方、競落代金を完済し、本件建物の所有権移転登記と引渡しとを受けるにいたつた、(六)そして上告人は、右賃貸条件を一歩も譲らず、右強制競売手続において配当金を受領した後、前記確定判決について被上告人に対する建物収去土地明渡の承継執行文の付与を受けたというのであり、原判示のように、被上告人の側にも慎重な調査を欠き強引にことを進めすぎたきらいがあるにしても、右に摘記した各事実その他原審認定の事実関係のもとでは、上告人は、自己の権利の実現のみを目的とする余り、結果において被上告人に莫大な損害を与えるような方法で権利を行使しようとするものであつて、上告人が本件承継執行文を得て被上告人に対し本件建物収去土地明渡の強制執行をすることは、権利の濫用として許されないとした原審の判断は、正当として是認することができる。所論のように、本件強制競売手続においては、本件建物収去土地明渡の確定判決の存在することが明らかであり、本件建物は、その敷地に賃借権がないものとして評価されているのであるが、本件における前記事実関係のもとでは、本件建物の競落後その敷地を賃借する余地があると考えて、相当の価額で競落し、敷地賃借の申出をするものが現われるであろうことを上告人側において当然予期すべきものと考えられるのであり、その他原審の判断の過程には所論の違法は認められない。論旨は、原審が適法にした証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、独自の見解あるいは原審の認定しない事実に基づいて原判決を攻撃するものであつて、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(奥野健一 草鹿浅之介 城戸芳彦 色川幸太郎)